うつ病への怖れを手放し、安心を手に入れる

自由に話せますか?

2018.11.14


 うつ病再発予防コーチの中野です。

 

 最近、有名人による軽はずみな言動に対してバッシングが続いています。

 

 「言われた側の気持ちを考えろ

 

 「そんなつもりじゃなかったんだ

 

 そんな言葉が飛び交っている様子。

 

 

 様子と言っているのは、私は直接はそのやりとりを見ていないからです。

 

 

 朝のニュースで取り上げられているのを見て知りました。

 

 一応、これでもSNSをやってますし、こうやってブログを書いたりしていますけど、そういう事件には昔から疎い方なんです。

 

 といっても、別に早く知りたいとも思いませんけど。


 昔だったら、こんなこともなかったと思います。

 

 世界中の人が見れる場所に、個人の意見を発信するような環境はなかったですし、そんな欲望もなかった。

 

 そういう欲望を強く持っていれば、作家や記者になっていたでしょう。

 

 でも今は、誰でも何でも発信できる環境がそこらじゅうにあります。

 

 作家や記者のような文章力も倫理観も持ち合わせていないような人達でも自由に発信することが許されている。

 

 これも『言論の自由』って言うやつなんでしょうね。

 

 それが誰かを傷つけることだとしても…意図的かどうかは別として。


 でも、最近思うんです。

 

 本当に今って自由なんだろうか?

 

 って。

 

 何も考えずに発信してしまう人は別として、少しでも何かを考える人なら

 

・こんな発言をしたらどう見られる?

・こんなことをしたら何を言われる?

・こんなことを書けばどう思われる?

 

 などを考えて、何も言えなくなってしまったり、何も発信できなくなってしまったりしていないでしょうか?

 

 批判的なことを言って炎上するのは仕方ないとしても、ちょっと自慢するような発言や写真を載せても責められる。

 

 誰かを責めることで喜びを得ている人が多いこの世の中で言動の自由など存在するのでしょうか?

 

 そう思うわけです。


 その一方、こんなことも思います。

 

 万人に受け入れられるような美しい言葉を並びたてて、毒にも薬にもならないことを言ってるだけでいいの?

 

 って。

 

 カレーだって香水だって、いい香りがするものだけを混ぜていたら深みのある香りにはならないそうです。

 

 そこに、ほんの少しだけ強烈に臭いものを混ぜることで、深みがある香りになるそうです。

 

 その強烈に臭いものがウンコの臭いだとしても。

 

 普通なら、カレーにウンコの臭いを混ぜようなんて思いませんよね。

 

 そんなことをしたら…

 

 

 ちょっと下品になるのでこの辺でやめますが。

 

 

 とにかく、カレーの話はあくまでも例えであって、言いたいことは…

 

 

 私達が話す言葉も一緒じゃないかと思うわけです。

 

 

 つまり、キレイな言葉を並べただけの会話や文章を見ていても、味気ないというか人間味がないと言うか…

 

 結局、あなたは何を伝えたいの?

 

 あなたらしさって何?

 

 と、なってしまわないかと。

 

 その人の会話や文章に、ほんの少しの毒や闇や人間臭さが混ざることで、その人らしい深みが出てくる

 

 私はそう思っています。


 本当に文章に長けている人は、また人生経験が豊富な人は、誰かに大切なメッセージを伝える時に、あえて毒や臭いものを少しだけ混ぜていると思うんです。

 

 だから、味わい深くなる。

 

 そう思っています。

 

 それを、計算高いと感じる人もいるかもしれませんが、相手に美味しい物を食べさせたいと思ってのことだからそれはそれでいいと思うんです。

 

 カレーに臭いスパイスを入れるのを計算高いと思うか、愛情だと思うかの違いだと思うんです。

 

 それに、ちょっと混ぜるだけだからいいじゃないですか。

 

 ウンコの臭いがするスパイスだけでカレーを作ってるわけじゃないんですから。

 

 それはただのウンコです。

 

 まぁ、そういう文章もありますが…

 

 私は、そうならないように気をつけているつもりですけど。(笑)

 

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