症状を隠しても、辛いだけですよ。
いっそう身が引き締まる思いです。
自分が経験したこと、勉強してきたこと、予想していたことが、ごく狭い範囲のことだったということを知り。
それでも、力になりたいと思い。
怖くないと言えば嘘になるけど…
前回に引き続き、夏期スクーリングの中で聞いた話を紹介します。
(スクーリングとは、実際に学校に行って、講義を聞くことです)
今回は、精神疾患とその治療1。
精神障害について学び、理解を深めるための講義です。
最初に、精神医療の特徴について、以下の3つを挙げて教えて頂きました。
1.症状が主観的で客観性に乏しい
(他の医療の場合は、物理的検査で目に見えるが、精神医療は見えない)
2.症状として理解されづらい
(本人は苦しんでいても、周りからは誤解や偏見の目で見られる)
3.医者によって、診断がまちまち
(ある人の言動が正常か異常かは、診断する側の立場や見方で変わる)
これらは、現代の医療技術をもってしても同じです。
それでも、昔に比べるとましだったようで…
講義を聞いていて、私自身の病気のことを思い出しました。
先の3つの特徴は全て実感します。
1.症状が主観的で客観性に乏しい
例えば、他の病気であれば健康診断で判明するものもあります。心臓疾患とか内臓疾患とか。
そして、それらの診断結果を元に、「このままだと病気になりますよ」と注意されたりもします。それが予防にもなります。
でも、精神疾患については、よほど周りに迷惑をかけていない限り、誰にもわかりません。
本人が自分で言わない限り、誰にも本人の苦しみはわからないんです。
でも、それが辛いんですよね。
「私、病気かもしれません」なんて言えないし、本当は言いたくない。
自分が精神疾患にかかったなんて、認めたくないから。
だから…一人で抱えることが、どうしても多くなってしまうんです。
2.症状として理解されづらい
ようやく「私は病気かもしれない」と認めたとしても、周りには理解されづらいんです。
「大丈夫だよ。気のせいだよ」とか「それが病気なら、俺なんて重病だ」とか「仕事に集中したら治る」とか。
「そういうことじゃないんだよ!」と、言い返せる人は少ないはずです。
本人も、病気のことをよく分かっていないから。
本人にも、誤解や偏見があるから。
3.医者によって、診断がまちまち
症状が辛くて、我慢できなくなって医者に診てもらったとしても、医者は質問するだけ。
・どんな症状がありますか?
・それはいつからですか?
・ずっと続いていますか?
・原因に心当たりはありますか?
とか。
そして、産まれて初めて『うつ病』だと診断された時は驚きました。
本当に自分次第なんだなぁって。
もしあの時、少し症状を軽く伝えていたら、うつ病だと診断されてないと思います。
もしあの時、控えめに言ってたら、うつ病だと診断されてないはずです。
まぁ、その場合、そのあとすぐに、私は死んでいたと思いますけど…
今となっては、あの頃の自分に感謝しています。
正直に言ってくれてありがとう。
って。
そうは言っても、もしも私が大昔に生きていたら、正直には言えなかったと思うんです。
正直に言うと、殺されるから。
その辺りの歴史は、以前に少し書いたブログがあるので、そちらを読んでみてください。
でも、現代を生きる私達なら大丈夫です。
症状を伝えても、殺されません。
殺人罪に問われる様なことをしない限りは。
だから、正直にいって欲しい。
今回の講義でも、多くのことを学びました。
自分が知っていた『うつ病』の範囲は、すごく狭かったこと。
『うつ病』以外にも様々な精神疾患があって、中には治療が難しいものもあること。
一生付き合っていくしかない病気もあること。
私がうつ病だった時は「何故私だけがこんな目に…」なんて思ってましたが、世の中にはもっと大変な人が沢山います。
そんな方々の力になるような仕事に就こうとしているんだということを、改めて実感しています。
まだまだ、井の中の蛙ですけどね。
うつ病に伴う悩みや心配ごとなど、まずは気軽に、ご相談ください。