うつ病への怖れを手放し、安心を手に入れる

本来の自分に戻る

2017.11.10


 うつ病再発予防コーチの中野です。

 

 昨日の話の続きです。

 

 昨日は、

 

・「生きていても、いいことはない」と思い、自殺しようとした小学校時代

私を責めてきた大人達に後悔させることがができると思っていた

・包丁を持ったが…死に方が分からずに…諦めた

どうせこんなものだと、開き直った

・誰にも心が傷つけられないように、心を深く沈め、頑丈な扉で蓋をした

 

 という話をしました。

 

 そして、それによって誰かの言葉で傷つけられることはなくなったけど…

 

 誰かの言葉で暖かくなることもなくなった。

 

 それがマズイことだとは、その時は気づいてなかった

 

 というところで終わりました。

 

 その続きです。

 

◎無感動無関心

 中学や高校でも、それなりのことはありましたが、私は冷めていました。

 何があっても気にならないんです。

 誰がどうなろうと、何がどうなろうと、関係ないと思っていました。

 両親が死んでも、友人が死んでも、涙一つ流さなかったと思います。

 だって、あくまでも他人ですから。

 それどころか、自分が死ぬとしても動揺しなかったと思います。

 生きている実感がありませんから。

 

 

◎何となく変

 「みんなも同じ気持ちでしょ?

 そう思っていました。

 だから、誰かが怒ったり哀しんだりしてるのを見ると「なんでそんなフリをするんだろう」と不思議に思ってたんです。

 でも、違っていたようなんです。

 どうやら、私だけ変らしいと気づき始めたんです。

 なので、自分が変だと気づかれないように、喜怒哀楽を振る舞いました。

 本当の自分を隠さないといけないと思っていたんです。

 

◎得るものと失うもの

 心に蓋をすることで、傷かない心を得たけど、人としての心を失った。

 それは、今だから言えることです。

 その時の私は『心に蓋をしたこと』と『感動を失ったこと』が紐づいてるとは気づいてなかったんです。

 というか『心に蓋をしたこと』さえ忘れていました。

 それをしたのは幼い時でしたから。

 そして、勝手に「私は変なんだ」とレッテルを貼って、普通の人のフリをし続けたんです。

 

 

 

◎本来の自分に戻る

 そんな自分を偽った人生を、社会人になるまで続けました。

 そして社会人になって…あることがキッカケで、本来の自分に戻ることができました。

 もうその時は、感動の嵐でした。

 

 「私にも感動することができる!」

 「美しいものを美しいと思える!」

 「美味いものを美味いと感じる!」

 「人の言葉を暖かく受け入れる!」

 「大切なものが大切だと思える!」

 

 一生手に入らないと諦めていた感情が、自分の中にあったんです。

 

 もう嬉しくて嬉しくて…感動できることに感動して、涙を流しました。

 

 

 今では、感動屋と言われますけど…昔はこんな感じだったんですよ。笑

 

 もしもあなたの周りに、本当の自分を見失ってる人がいたら「こんな奴もいるんだよ」って教えてあげて下さいね。

 

 うつ病に伴う悩みや心配について、わたし自身のウツ病経験を踏まえて解決に向けた支援をしています。

 

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