受動態ではなく、能動態で。
そうかぁ〜。そういうことだよな。
改めて、その大事さを噛み締める私なのでした。
いま勉強中の『心理学研究法』ではレポートを提出しないといけません。
それも4つ。
1.心理学の研究で補助仮説が重要である理由と、補助仮説を設定する時に注意すべき点について解説しなさい
2.人を対象とする心理学の実験で注意するべき点について解説しなさい
3.「調査法」「観察法」「検査法」「面接法」の中から一つを選び、他の3つの研究方法と比較しながら、その長所と短所を解説しなさい
4.因果関係に言及した仮説を自分で考えて一つ設定しそれを検証するための研究計画を立てて、具体的かつ詳細に記述しなさい。
・・・
日本語ですけど…意味わかります?
私は、チンプンカンプンです。笑
何を聞かれているかわかりません。
それなのに、それぞれ1600字も書かないといけません。
気が遠くなりそうです。汗
とりあえず、テーマについては脇に置いて…
(レポート課題においては、それこそが重要なのですが…)
まず、レポートを書くのが久しぶりですから、レポートの書き方から復習しないといけないと考えまして。
(現実逃避がしたいわけではなくて)
図書館で『レポートの組み立て方』という本を借りてきました。
そこに書いてあったのが、冒頭の
受動態ではなく、能動態で。
という言葉でした。
『受動態』つまり受け身ではなく、『能動態』つまり主体的になれ。
そういうことです。
これって、生きていく上でも重要だと思っています。
何かにストレスを感じている時や、愚痴を言ってる時に、受け身になっている気がしませんか?
酷いものを見せられた。
酷いことを言われた。
酷い扱いをされた。
いつも、周りに振り回される。
などなど。
受け身になることで、目の前のことを、自分以外の何かのせいにしたいと思っているのかもしれません。
そうやって、少しでも気持ちを楽にしているのかもしれません。
でも…逆に、そのことによって自分の人生が、何かに振り回されることを許してしまっているんです。
本意ではないかもしれませんけど。
じゃあ、主体的になればいいのか。
まぁ、そういうことなんですけど…
主体的になるには勇気が必要です。
自分に起こっていることは、自分の責任だと受け入れることですから。
酷いものを見た。
酷いことを言わせた。
酷い扱いをさせた。
いつも、周りに振り回させる。
どうですか?全て、自分が起こしたことだと思えませんか?
受け身だと「なんでこうなるの?」と、そうなった原因や背景を探ろうとしますが、主体的だと「そうすることで、何を手に入れたいのか」を考えるようになります。
例えば、
いつも周りに振り回させることで、何を入れようとしているのか。
もしも何も手に入らないのなら…
そうするのをやめればいいんです。
受け身ではなく、主体的に。
それが自分の人生に責任を持つということです。
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